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  • 2025年9月29日

 意識を取り戻すと、公園のベンチに座っていた。実際に意識を飛ばしていたわけではないけれど、少し前のことをあまり覚えていない。座らされたのではなく、自分の意志で座ったような気はするのだけれど、どんな意思だったのだろう。とりあえず、身体は重く、一度座ったベンチから立ち上がる気持ちはあまり起きない。

 目の前にはターザンロープの遊具があって、頭身が大人ではない子どもたちが行列をつくって自分の番をうかがっている。ターザンロープは直線のタイプではなく、レールが高低差とともに輪っかを描いていて、出発点と終着点で円が閉じられて、そこには段差がある。しゅーるしゅるしゅるしゅる、と、上空の滑車を走らせては、行列で待っている次の子どもへ、スムーズに引継ぎが行われていく。よく考えられたデザインですね。おもわず感心してしまう。


 子どもの手から子どもの手へ、滑車のついたロープは流れ作業のように手渡されていく。次々と、子どもが輪っかを描いて、断続的に空中を渡り続けていく。しゅーるしゅるしゅるしゅる。子どもたちのロープの引継ぎはスムーズでも、行列は小さい人で溢れかえっているので、なめらかな進行も虚しく、待ち時間はどんどん増えていく。行列の足元は揃っていても、まだかまだかと前の様子をうかがう子どもたちの上半身は、少しずつ行列を崩していく。しゅーるしゅるしゅるしゅる。この年齢の子どもなんて、こんな退屈な行列を無視して、無理矢理にもターザンロープにとびつきたいだろうけれど、そんなことをしてしまえば、永遠に列から弾かれてしまうという倫理観も持ち合わせている年齢なのだろう。たくさんの子どもたちの集まりを眺め、じっとベンチに座りながらただ頭の中だけが揺れうごめいている。しゅーるしゅるしゅるしゅる。


 ふと腰が持ち上がり、ベンチから立ち上がる。公園の草っぱらは少し水分をまとっていて、しまむらで購入した、紐のない布生地の靴が湿り気を帯びていく。目下の行列を通り過ぎ、終着したターザンロープの結び目に手を伸ばす。子どもたちの顔は見えておらず、彼らの声もまったく届かない。そのままターザンロープに飛び乗り、しゅーるしゅるしゅるしゅる、と、決まった走路を一周、大人の歩幅で段差を上ると、そのままの勢いでもう一周、またもう一周とターザンロープを滑らせていく。


 列に並ぶ子どもたちは、はじめは一体何が起こっているのかがよくわからず、ぽかんと無音で眺めていたのだけれど、一人の男の子が、「ずるじゃん」と叫び始めてからは子どもたちが阿鼻叫喚。ターザンロープから引きずり降ろそうと、列を完全に崩して群がってくる子どもたちを、大人の力で振り払い、優雅に滑車を滑らせていく。しゅーるしゅるしゅるしゅる。


 子どもの一人に呼ばれたらしく、くるぶし近くまであるスカートを履いたお母さまが向こうから小走りで近づいてくる。子どもたちを押しのけながらターザンロープを回り続ける光景に、「な、ちょっと、」と言いながらも、その場で小刻みに揺れることしかできないらしい。しゅーるしゅるしゅるしゅる。


 騒ぎを聞きつけた公園の事務所の人っぽい男がゆっくりと歩いてくる。何も言わず、大きな体を駆使して、ターザンロープからむりやり引き剥がそうとしてくるが、こんなことでこの滑走を止めるわけにはいかない。お尻の付け根の筋肉を使い、思いっきり足を突き出して男を蹴り飛ばし、ターザンロープにしがみつく。しゅーるしゅるしゅるしゅる。


 誰かが電話をしたのだろうか、青い服の警察が公園の中に入ってくる。それでもお構いなしに、ターザンロープにしがみつき続け、この頃にはどういうわけか、もはや段差を駆け上がることもなく、ロープにしがみついたままずっと円状の滑車を滑り続けている。日本だというのにあっさりと拳銃を取り出した警察は、パン、パン、パン、とこちらにむけて銃弾を発射してきたけれど、ターザンロープを器用にゆらしながら、どの弾だってさらりとよけていく。奥のほうで騒動を眺めていた、散歩中のおじちゃんに、流れ弾があたったようで、現場には悲鳴があがっている。しゅーるしゅるしゅるしゅる。


 突然、大きな地震がおこり、目に映る景色が大きく揺れ始める。ターザンロープの遊具も倒壊しかけるけれど、このロープだけは意地でも離すまいと必死で握り続ける。気がつくと周りには誰もいなくて、でも揺れは続いていて、そのうちに地面が割れ、視界が逆さになり、大きな水流がやってくる。目をつむり、身体を小さく丸めて、それでもターザンロープからは絶対に離れない。しゅーるしゅるしゅるしゅる。


 どれほど時間が経ったのかはわからず、相変わらず目はつむり続けている。あたりは音一つもない静寂で、円を描いていた滑車のコースもなんだか八の字になっているような気がする。滑車の音も、摩擦でおこるロープの揺れも、空を切る風もなにも感じないが、とりあえずこのロープが止まる時まではしがみついてみることする。しゅーるしゅるしゅるしゅる。

 

ふと一人でなにもすることのない一日が訪れる。とりあえず家の掃除と庭の手入れを始めてみたのだけれど、明確なノルマのない仕事ってどうやら二時間くらいが限界みたいで、突然作業を切り上げて畳に寝そべる。畳に寝そべるとふとおなかが空いてきて、そういえば北茨城市の海沿いにとってもおいしい(らしい)刺身定食を出すお店があったと聞いていたのを思い出して、とりあ

えず車を走らせることにした。結果としてお店は定休日だった。


山の中から車を走らせ、走らせ続けると、遠方の景色からむくりと、空の青ではない、濃縮されたような海の青が顔を出してくれる。この海は、いろんなところで、何回も見たことがある。夏場になると、どうせ青々とした風景を揺らめかしてくるのだろう。

海の見える小高いところから海辺にむけて車を走らせている道中、突如不自然なほどに黒黒としたアスファルトに切り替わる。道路の幅は広く、道路の脇には住宅などの建物はあまり見当たらない。あまりにも新しいアスファルトが続くのを不思議に思っていると、歩道に立つバス停に「復興住宅前」という文字を見つける。そういえばそういうエリアだったのか。何かを新調するということは、新調する必要があったということなのだろう。スクラップ故にビルド。


北関東から望む太平洋は、島一つなく、ただ青い。遠くに見える、小さくてなんの船だかわからない船は、そんな何もない場所になんの用事があるというのだろう。私は今の時代の義務教育を受けているので、この果てしなくて果てとも見える水平線の向こうに、知らない土地があり、知らない暮らしがあり、知らない文化があるということは知っている。それらのそのものを知っているわけではないけど、あるということは知っている。そういったことを知らない人、過去現在未来の人は、この景色を見て何を思うのだろうか。そのことを私が知る由はもはやない。

  • 2025年9月29日

アーティストの徳本萌子さんから水彩画をいただいたのが一か月と半月前のこと。ふとしたきっかけでお知り合いになり、その場のノリで、お召し上がりいただいたスパイスカレーの絵を描いていただいたのだった。


「ひたちなかのジョイホンで徳本の紹介ですって言えば額縁つけてくれるので」


と教えていただいたのだけれど、どうも額縁をつけにいく重たい腰が上がらず、水彩画を描く過程で湿って歪んでしまった画用紙は、しばらく家の物置同然の学習机の上に置きっぱなしにしてしまっていた。せっかく描いていただいたのに申し訳ありませんでした。


ひたちなかのジョイフル本田の二階は趣味のフロアになっていて、眺めているのが楽しい。ガラス作家の星野さんの工房においてあった、ガラスを千度以上にして溶かす、六角形の巨大炊飯ジャーみたいな機械が店頭に普通にならんであって、あの機械はここで買えるんだという驚き。ふうん。


額装のカウンターで徳本さんに教えてもらった通りに声をかけると、淡々と額縁選びの手筈を整えてくれるお姉さん。「何色の壁に飾りますか」「この色彩感だとこのくらいの額縁のほうが…」「古民家にお住まいならこの素材がよさそうですね」こんな感じで手際よく額縁と絵を囲うマット紙を提案してくれる。絵には絵のプロがいるのと同じく、額装には額装のプロがいて、私の知らない

世界が広がっているんだなあという実感。きっと何事もそれぞれにそうなのだろう。


その場で絵を額縁に収めてもらい、今度はまた額付きの絵が学習机の上に置きっぱなしにならないよう、少し遅い時間だったけれど釘と金づちを取り出して、家の壁に絵を飾る準備をする。玄関前にスパイスカレーを飾ってみると、額縁の絵は最初からそこにいたようにそこにいて、なんだかあっけらかんとしていた。なんだか。


家に絵が飾ってあって(それも自分のために描いてくれた)、それをふとした瞬間に見つめることのできる生活はけっこうよい。額縁の中で、絵を囲って余白を埋めてくれているマット紙は、額装屋さんが額縁に絵を収める作業の過程で切り抜いてくれたのだけれど、その余りが手渡されており、そこそこのサイズ感なのだけれど特に使い道があるものではなくて、押し入れの中にとりあえず押し込んでおいてあって困っている。

岩崎良平 ブログ

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