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ギターマン

  • 執筆者の写真: 良平 岩崎
    良平 岩崎
  • 2025年12月27日
  • 読了時間: 5分

 こんにちは、私です。プロのギタリストとしてこれまでやってまいりました私ですが、最近、顔を外したいと考えています。


 私は一人でギターを弾きます。一人舞台に立ち、目で見れば頭がくらくらするほどの、まばゆいスポットライトと、想像すれば足下がすくむほどの、薄暗い客席からの目線を浴びて、お腹の辺りにかかえたギターから、音を弾きます。


 私の右手の指先が、6本のギターの弦のどれかに触れると、その瞬間、ギターのおなかのあたりから、弾けるように音が立ち上がります。ギターに指が触れ、そうして生まれた音は、その後は真っ直ぐに減衰していくだけですから、音がなくなってしまう前に、私の右手は、次の音、その次の音を生み出していかなければなりせん。音が生まれては消えていき、新たな音が立ち替わっていく、時にそうした音たちが空中で出会ってハーモニーを、リズムを、雰囲気を作りだす、こうした営みの場にいるのが、私は大好きです。


 ほんとうは一人で、四六時中ギターに向き合い続けていたいのですが、ギターを弾き続けていれば、時には玄が切れるので、新しい玄に交換しないといけませんし、それにギターを弾いていればおなかも空きますから、お金も必要になるのです。なので時には舞台に立って、みなさまの前でギターを弾きます。ほんとうは一人で、とはいいましたが、私の好きなギターの演奏を、みなさまと同じ空間、同じ時間で楽しんでいただくというのも、それほど悪いことではありません。


 しかし、私、人前でギターを弾くようになってから困っていることがありまして、それが弾いているときの顔のことです。あくまで私はギタリストであって、決してボーカリストではありませんから、ギターを弾くのに顔はいらないのです。それどころか、ギターを演奏しているとき、顔に役割がなくて困ってしまうのです。腕がなければギターに触ることすらできません。胴体がなければそこそこ大きいギターの箱を支えることができません。脚がなければ、これらギターを弾くための身体を支えることができません。ただ顔だけが、ギターを弾くときに、役割を与えられていないのです。鳴らしているギターの音に合わせてなんとなく表情は作ってみたりはするのですが、その表情を作ることの意味のなさに、いつも顔だけが浮ついた感じがしていて、ギターの演奏に没入するときにノイズになってしまうのです。


 顔がなければ、多少なりとも日常生活で困ることもあるとは思いますが、何にせよ、私はいつだってギターを演奏していたい人間ですが、顔の一つや二つくらい、なくなってしまっても、さして困ることは、まあないでしょう。





 どうも、私です。驚きましたか?そうです。あの後、本当にちゃんと顔を外してみたのです。顔を外した後も、結構楽しくやれてますよ。


 顔を外して、まず気がついたのは、目がないので、弦をさわる手元が見えないということです。これはやってしまった、と一瞬焦りましたが、何にせよこれまでずうっとギターを弾いてきたものですから、何も見えなくても両手の感触だけでギターを弾くのには全然問題はありませんでした。これは冷静に考えればわかることでしたね。


 口がないので食事もできなくなりましたが、不思議とお腹は空きません。身体は引き続き残しているので、栄養は摂らないといけないと思っていたのですが、不思議と身体は元気で何も支障をきたしていないので、意外と顔がないなりに生きていけるように帳尻を合わせてくれるものなのかもしれません。不思議ですね。


 耳もありませんが、これは意外にも自分の弾いたギターの音は、直接身体が聴いてくれています。これは私自身大きな発見でした。音というのは振動ですから、自分の身体にくっついたギターの音ならば、鼓膜を介さなくても、胴体が自ずとキャッチしてくれるようです。この点については、耳で音を捉えていたときよりも、より細やかに音に寄り添おうとするようになったので、顔を外してよかったところかもしれませんね。


 相変わらずギターを弾くことは大好きです。食事を摂る時間がなくなったので、本当にずっとギターをさわっています。顔を外してから、ギターの弦は一度も切れていませんが、これが切れちゃったらどうしましょうね。あ、代わりに弦を替えて下さるのですか?それはありがたいです。こちらから連絡が取れないので、たまに様子を見に来てください。寝る間もなく弾いているとも思いましたが、こんな状態では、今自分が寝ているのか起きているのかもよくわかりませんね。


 顔を外してから弾くギターは、顔の所在のことを考えずに済むので、これぞ集中力!って感じで本当に気持ちがいいです。もう視界なんて私にはないのですが、ギターの弦を弾くと、その瞬間、目の前に丸くて白い光がパッと現れて、それがすぅっと線のように伸びていくんです。その線がだんだんと細くなって消える。曲を演奏していくと、これらの光の線が次々と現れて、存在しない視界を埋め尽くしていきます。それでもその光の数々がひとつの束にまとまることはなく、一つひとつとして、視界の全体の一部をなしているんです。そしてそれは全て白い。


 顔を外してからは、ずっと一人で、一人の空間でギターを弾き続けていますが、その演奏の精度が格段に上がっているのがよくわかる。とても素晴らしい演奏ができるという自覚があると、このギターの演奏をあなたにも披露したくなってきました。目も耳もないのだから、あなたのリアクションも受け止められないのに、不思議ですよね。でも、私が本当にいいな、と思うものは、それを受けてあなたがどう感じるのか、そういったことを関係なしに、ただあなたに伝えたいと思うのです。なので、せっかくの機会ですから、あなたのために一曲、ギターを演奏してみることにします。あなたが聴いているのか聴いていないのか、私には知る術もありませんから、もし興味がなければこっそり帰っても構いませんからね。堂々と帰られても私には分かりませんが。とにかく、私は今からあなたのために、ギターを弾きます。




 
 
 

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