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~2026.10.3「一日分の野菜」

10月3日
読了時間: 3分

赤4.0 青1.6

↑なんのメモ?


カレーライスを食べていて、ルーが余ると恥ずかしい。米が余るとそこまで恥ずかしくはない。


やりたくないことばかりだけど、レインコートが雨をはじきながらの収穫作業はやってもいい。


市街地の信号機が見通せる限り青で感動


お菓子とかの公式がアレンジレシピを公開するのあれは本当に冷めるからできればあんまりみたくない。アレンジレシピは野良でやるべき。


挑戦する人を応援するという挑戦

挑戦する人を応援するという挑戦を応援するという挑戦を…


冷蔵庫中のすべてのタッパーから汁がもれている夢をみてはっと目が覚める。夜中は涼しくて寝汗とかなんだとかは特に大丈夫だった。


苦手なのはスポーツ観戦じゃなくてテレビ視聴だったみたいだ。


田舎のインドカレー屋の店員が元気で、景気がよくて嬉しい。田舎の個人の日本人は全体的に辛気臭いよ。来年は景気がいい人になろう。


子どもの頃、家族旅行で広島焼を食べたときは原爆ドームを横目に向かったし、沖縄の修学旅行のときはひめゆりの塔とか回った日の夜に恋バナとか、翌日以降はパイナップルパークとか水族館とかではしゃいでいたとおもう。仮に自分や近しい人が今後悪意や悲劇によって残虐に殺されるとしても、それはそれとして皆が日常非日常を楽しく過ごす権利はあってほしいとおもう。大阪風のお好み焼きにくらべて広島焼は作るのが面倒くさい。


先輩が移住した小川村に遊びにいく。アルプスに囲まれ、外界から隔絶されたような雰囲気のある素敵な場所で、その地に暮らしをつくっている先輩を羨ましくおもう一方で、いま自分たちが住んでいるところもほんとうにいいところだな、とも再認識する。家に帰ったら何から手をつけようか。


元気があればなんでもできるし、元気がなければなんにもできない。


これを食べれば一日分の量の野菜が摂取できますみたいに夫婦円満の秘訣を語る人間がいる。一日分の野菜が摂れるときの野菜の大半はもやしかキャベツだったりする。


自分がほんとうにわくわくすることだけやった方がいいよ、と人に言ってもらった。私もほんとうにその通りだと思うし、その言葉は100%私のことをちゃんと思ってかけられたものだったので、とてもありがたかった。世の中にあふれているいろんなコピー、うんざりするほどありきたりで鬱陶しいと感じさせられてしまうことばたちが、純粋に、人のことを思いやって投げかけられることをいのっている。


家の敷地に川があることが嬉しい。川があって何をするわけでもないけれど、ただ川があるだけで嬉しい。

 
 
 

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